コンセプト「凛」 - 着物、和生活のコンセプト「和-ism」とは? 着物マスター山龍からのメッセージ

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山龍の「和-ism」〜着物を通しての文化の伝承

イメージ若い頃私は、外国に行ったり、外国で生活することに強い憧れを抱いていました。今ほど情報がなく、憧れが憧れを呼び、誇大妄想していた時期です。ところが実際に海外に行き、長期滞在してみると、

“なんだ、思ったより大したことないな”
“日本の方が飯はうまいわ”
“欧米の人は心や視野が広いと思っていたけど、意外と井の中の蛙やな”

と、憧れもだんだん萎んでいきました。同時に、自分は日本人なんだということを、いい意味でも悪い意味でも自覚しました。

しかし、どの国に行っても一つだけ素敵だなあと思ったことがあります。それは、外国の人がみんなお国自慢をするということです。自国の文化を愛し敬い自慢する姿が、とても羨ましく映りました。日本の、しかも京都に生まれ育った私ですが、若かった私には、周りに当たり前にある歴史的建造物は、ただの景色としか映りませんでした。千年以上の時の洗礼を受け、今なお京都に残る文化や歴史に、何の有難味も感じず、敬愛の念もなく、ただ京都やから当たり前と思っていた自分がいました。

イメージ外国の方のお国自慢を聞く度に、自分はいったい何を自慢できるのだろうか? と思いました。日本はこんなに素敵なんだと自慢してみたいなあとも思いました。そして考えます。今の私たちに、千年の時を越えて何が残せるのか、日本人は何を自慢できるのか、と。

戦後の復興から現在に至るまで、世界が目を見張る復興を遂げた日本は、とても豊かになりました。しかし、世界の人々はそんな日本に、憧れや尊敬の念を抱いたりはしていないように思います。そして、日本人の心も、決して豊にはなっていないように思います。

国や自治体、民間団体などが危機感を持ち、日本の伝統を守る努力をしています。しかし、伝統を守るのは不可能です。なぜならば、伝統は守るものではなく創るものだから。現代の生活の中で生きていてこその伝統なのです。

文化や芸術は人の心に響きます。おいしいディナーを食べて一時の満腹を得るより、後に思い出や文化の洗練度が積み重なる尊さを、多くの人に実践していったら……。

人の歴史は文化の歴史です。日本人が日本の文化に触れて、実践したり所有したりすることで、世界の人々に尊敬される日本人に近づくのではないでしょうか。

イメージ着物は洋服に比べて不自由な衣装です。しかし、不自由さを楽しむ心こそ、今の日本人には必要だと考えます。人は楽な方に流されやすく、便利さは魅力ですが、便利さを追求したら、きりがありません。

日本の美は、不自由さの美です。平安時代は、不自由でも重ね着をして美を競いました。武士の時代は、不自由でも規律のある武士道を貫きました。不自由さの中に道徳があり、モラルが有り、文化や芸術が発展してきたのです。経済が発展し、便利で慌ただしくなった現代の日本では、着物のみで生活するのは困難です。それでも、スーツやジーンズの生活の合間に、着物を着る。これからも日本人の身近に着物のある生活があり、美しい国の素敵な日本人として、世界に誇れるようにあってほしいと願います。

山石康裕