コラム「指南」 - 山龍に学ぶ花咲ける着物道コラム

ホーム コラム

着物マスター山龍の「目からウロコの和-ism指南」

  • TEXT/小野緑
  • バックナンバー
枠

第22回 高貴な麻を思い知る

上布の贅沢

着物ライフには苛酷な季節、夏の到来である。

裏地をつけない単衣や、絽(ろ)、紗(しゃ)など、薄手の透けるような素材が夏の着物地とされているが、着物である以上、どうやっても暑い! タンクトップに短パンの生活知ってしまった我々には、襦袢着て、袖があって、胴回りにぐるぐると帯締めて……限りなく拷問である。

何よりも、絹という素材が温かい=暑い!

いったい、エアコンもない平安時代の人たちは、どうやって夏を凌いだのか、光源氏や彼を取り巻く姫君達に突撃インタビューしてみたいものだ。地球温暖化の進む現代に比べて、気温は低かったであろうが、夏は夏だ。

庶民はまだいい。

絹や毛皮といった動物から取れる素材は貴族の衣裳で、庶民は草木から取れる繊維のものしか着られなかった時代。植物繊維=綿や麻といった素材だ。これは、冬は重ね着したり中綿を入れたりしないとならない辛さがあるが、夏は涼しい。ましてや庶民だから、裾をめくったり、肩を適当にはだけたりしても、誰も怒らない。

「ほっほっほっ、下々の者は下品よのう」

などと言いながら、上流社会のお公家さん達は、内心羨ましくてしょうがなかったに違いないのだ。

そこに登場したのが「上布(じょうふ)」である。

上等な布を意味する「上布」とは、苧麻(ちょま)という麻の中でも特に細い糸で織った薄い布を、真水や新雪に晒したものだ。卑しいとされた素材も、晒して清めれば、帝に献上できる……という、とってつけた理屈だが、それで、庶民のものとバカにしくさっていた涼しい麻を堂々と着てしまうのだから、貴族もずる賢いよのう。

「沖縄の宮古上布、八重山上布、新潟の越後上布、能登上布、近江上布、奈良上布……産地はいろいろある。雑誌なんかは、越後上布は新雪で晒すから、白くて柔らかな風合いが出るとかウソばっかり書いてはるけど、雪なんかにさらして風合いがよくなるわけないやん。ただのお清めや」

山龍が言うには、上布は座ればすぐにシワになるし、シワになったら取れないし、薄いから破けるし、とにかく日常着には全く不向きだとか。それでいて、いいものは数百万円という高級品である。

「上布は、本来は1回着たらパー。1回着たら捨てる衣裳なんよ。ヨーロッパの貴族でも、みんな1日に4回はスーツを着替えたのね。朝、昼、アフタヌーンティの後、夕方5時からはイブニングスーツ。それと同じで、上布もシワになったら着替える。耐久性なんか関係ないわけやな」

麻のシワが美しい……なんていうのは真っ赤なウソ。本来上布とは、シワになったら着替える、贅沢で高貴な衣裳だったのだ。つまり、私たちのような、仕事であちこち駆け回り、着替える暇なんか無い人は着たらいけないということなのね。

「そう、麻は着たらアカン! 持っているという自己満足でエエねん」

上質の麻を着る心構え

作り手から見た麻という素材はどうなのかと思い、山龍に聞いてみた。

麻は好きですか?

「麻、嫌い! 糸に魅力がない」

相変わらず、即答、全否定。理由の一つは、糸に伸縮性が無いことだという。

「織物いうのは、経糸(たていと)をいかにコントロールするかで決まってくるんやけど、麻は伸びひんから、経糸が張らへんのよ。伸縮性があるからピーンと張る、その張っているところに緯糸(よこいと)を通して、縮むときに筬(おさ)を叩くいうのが織物の基本なんやけど、それができひんから手間がかかるだけで、美しくない」

理由のもう一つは、染料の浸透力がないということだとか。

「繊維自体に染料の浸透力が絹ほどないから、深い色は出せへんのよ。ま、その分、色が剥げてきても目立たんけどな」

ゆかたなどで使われる麻は、麻100%と表示されていても、実際には何かしら混紡されているのだとか。もともと麻とは、非常に透明感のある糸で、マットな風合いの麻はあり得ないのだそう。麻のシーツや枕カバーなど、いろいろな日用品に使われている麻は、山龍の言う、ホンマもんの麻ではないということだ。

そして、上布のようなホンマもんの極め付けの素材でも、衣裳の世界で進化してきた絹と違い、日常品の側面もある麻には、基本的にときめくもんが無い! というのが、山龍の結論なのであった。

私は筋金入りの庶民代表だし、ん百万円の上布を、着ることもなく眺めてうっとりする程のマニアではないので、恐らく上布を着ることも、手に入れることもないだろう。

ところが、これだけ全否定していた山龍が、今年、なぜか宮古上布を自分用に仕立てた。まあ、着物マスターを名乗る以上、上布も自ら纏ってみないことには、語れないというプロ根性なのかもしれない。

小学館のオンライン雑誌専門サイト『sook(スーク)』の中の、上質の生活を楽しみたい大人向け雑誌『フォーマルの流儀』に掲載中。今回のテーマは、ホテルでのパーティに、夫婦揃って夏着物で臨む、というもの。夫婦で宮古上布なんて、とっても贅沢!!

小学館のオンライン雑誌専門サイト『sook(スーク)』の中の、上質の生活を楽しみたい大人向け雑誌『フォーマルの流儀』に掲載中。今回のテーマは、ホテルでのパーティに、夫婦揃って夏着物で臨む、というもの。夫婦で宮古上布なんて、とっても贅沢!!(撮影:鍋島徳恭)

たまたま同時期に、小学館のオンライン雑誌専門サイト『sook(スーク)』で、上質の生活を楽しみたい大人向け雑誌『フォーマルの流儀』を担当している友人のスタイリスト、村井緑さんから、衣裳貸し出しの依頼があった。テーマは夫婦揃って夏着物。さっそく山龍に頼んで、まだ袖を通していない自前の宮古上布の仕立て上がりホヤホヤを提供してもらった。撮影では、動いたり座ったりしないから、モデルが着た姿はシワもなく、実に品があり、シャキッと美しかった。

撮影後、戻ってきた着物をさっそく着た山龍。ゆかたのイベント会場で、1日中、立ったり椅子に腰掛けたり、時にはふんぞり返ってタバコを吹かしたり、何にも気にせずに、いつものスタイルで着ていた結果、夕方には、見事にシワシワ、ヨレヨレ、見るも無惨だった。

「ホンマに麻はダメやな。むかつくぐらいシワだらけや!」

自分でさんざん語っていたくせに、子供みたいにブツブツ言ってる後ろで、思わずにんまりしてしまった。

やっぱり、上等な麻は、高貴な人しか着てはいけないのですよ!