コラム「指南」 - 山龍に学ぶ花咲ける着物道コラム

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着物マスター山龍の「目からウロコの和-ism指南」

  • TEXT/小野緑
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第18回 “いつか”の留袖、“かつて”の振袖

黒は女を綺麗に見せる

気象庁の発表によると、今年の桜の開花は平年並みだそうである。平年並みと言われても、今や季節の境目がファジーになりすぎて、“平年”って? という感じだが、東京では3月末から4月1〜2日ということだ。

桜と言えば、やはり入学式! 日本の学校、特に全国の小学校の校門脇には、必ずと言っていいくらいに桜の木が植えられていて、満開の花の下を、留袖(とめそで)姿のお母さんと、ちょっと大きめの制服(もちろん短パン)の男の子、ハイソックスの女の子が手を取り合って歩く……というのが、昭和の入学式のイメージだった。

そう、主役であるピッカピカの1年生のお母さんの晴れ舞台には、留袖! 数年前まで着物に全く興味が無かった私でさえ、この『留袖』の二文字は知っていた。結婚式の新郎新婦の母親や仲人の奥様でもお馴染みの、ミセスの冠婚の花形だ。着物がすっかり衰退したこの頃では、もう入学式で留袖というのは見かけなくなったけれど、結婚式ではまだまだ健在である。喪服の次に、わかりやすい着物だからね。

入学式に留袖というのが流行ったのは、昭和40年代後半から50年代にかけてだった。それ以前の、昭和40年代前半は、入学式、卒業式と言えば、黒い羽織の全盛だったそうだ。

「なぜ黒の羽織かいうと……ただの流行! 大流行やったんよ。猫も杓子も黒い羽織」

その時代は、西陣の帯が非常に高くて手が出ず、安物の帯を隠すのにも、羽織は人気があったのではないかと、そのへんの女心に詳しい山龍は推測する。

黒羽織が留袖にうってかわると、今度はここぞとばかりに呉服屋には留袖が並び、留袖専門の染屋もたくさんできたらしい。あんな、特別なときにしか着られないものがブームになるのだから、着物にとっては古き良き時代だったのだろう。

「留袖いうのは、比翼仕立ていうて、衿・袖口・振り・衽(おくみ)の部分の下に白羽二重の着物を重ねて着ているように見せる仕立て方をするから、ビシーッと生地が張って、衿やらも綺麗に立つねん。ほやから、もんまに綺麗な着方になるの。だいたい、黒衣裳いうのは、女の人が綺麗に見えるからな」

喪服の女性は色っぽい……などとよく言われるが、やはりそうであったか。留袖……すごく気になります。

花街への憧れ

留袖の名前の由来は、袖で留める……つまり、手を帯の下で合わせたときに、柄が裾周りから袖の袂の下で終わっていることからきているのだそうだ。もともとは、東踊りと言われた踊りの衣裳、江戸褄(えどづま)から来ていて、それが花柳界の衣裳となった。江戸褄は今の着物のように、前を合わせて帯を締めて着るのではなく、ガウンのように羽織るだけで、裾を長く引きずって着た。時代劇の花街のシーンなどで、黒地に裾周りだけ赤く、おまけに布団みたいにボテッとしたものがついているのを羽織って、ズルズルと引きずって歩いているのを見たことあるでしょう? そう、あれです。左右対称に、裾から豪華な柄が描かれていて、上半身と袖は黒の無地。そこに、置屋の家紋が入っていた。だから、江戸褄を普通の人が着るようにとアレンジして作られた留袖も、もちろん家紋入り。ゆえに、堂々たる式服の座に納まったというわけだ。

「江戸時代みたいに、テレビもファッション誌もない時代のファッションリーダーは、花柳界の女性だったんよ。彼女達の着る華やかな衣裳に、みんな憧れたんやね」

花柳界の衣裳から生まれた着物には、もうひとつ振袖がある。
振袖は、もともと太夫(たゆう)、関東で言えば花魁(おいらん)の衣裳である大振袖だった。袖の長さが80cmから、長いもので120cmまであったそうで、もちろんこれも、裾から何からひきずり、帯は前で結ぶ。外ではひきずらないように、三つ歯下駄という、これまたものすごく高い、ぽっくりのお化けのような下駄を履いたという。浅草の花魁道中を見たことのある人はわかるだろうが、八文字歩きという独特の歩き方で、右足と同時に右袖、左足と同時に左袖を振りながら、どうよ! とばかりに歩く。袖を振りながら歩くから、振袖。

これが、嫁入り前の若い娘の晴着となり、親が娘の成人を祝って作るために、成人式の衣裳となって今に至る。外に着ていくのが当たり前な時代なので、主流は中振袖だ。

「もともと花街の衣裳いうのは、ただただ豪華だったらよかったんよ。それ以外に何の意味もあらへん。だから、振袖も豪華だったらエエという作り方。昭和 40年代には、友禅の染屋が、自分のところの技量を誇示するためのキャンバスとして、豪華さを競って発表しはった。それで、必要以上に派手に豪華になっていったんやな」

まあ、情報の溢れる現代でも、結局みんな女優やアイドルのファッションに憧れるわけで、派手すぎるだの、私はスタイルも良くないしとか、女優じゃあるまいし、だとか言いながら、やっぱり女は華やかで美しく着飾りたいものなのだ。時代を超越した女の煩悩の象徴として、留袖と振袖はあるのではないだろうか。

山龍の作品『光琳本金留袖・貝桶模様(こうりんほんきんとめそで・かいおけもよう)。黒に金!究極のゴージャスです。いいなあ……。

山龍の作品『光琳本金留袖・貝桶模様(こうりんほんきんとめそで・かいおけもよう)。黒に金!究極のゴージャスです。いいなあ……。

「ほやな。入学式かて、主役は新入生の子供やのに、ホンマは後見人のはずのお母さんの方が、思いっきり前に出とるわな。京都や大阪は、まだ着物姿が多いんやけど、これから出勤(もちろんお水のお店に)かいな! みたいなお母さん多いで(笑)」

ひとつ間違えると、オシャレもいきなり下品になる。黒留袖は、女を綺麗に見せるけれど、中味の品格も露わになるということ。これからミセスという熟女ワールドに突入していく世代にとっては、ちょっと気合いのいる衣裳である。

かつて、あまり深く考えずに振袖なるものを作ってもらった私だが、改めてそれを引っ張り出して見たとき、あまりのセンスの悪さに愕然とした。なんじゃ、この色彩は! この柄は! だから、これからの着物は、絶対に失敗するまいと、あらためて思う。

「今は入学式なんかでも訪問着の人が多いよ。作家モン言われる訪問着の全盛期やから。誰が作家で、どこ訪問するのかさっぱりわからんけど(笑)」

そう言う山龍の、オススメの式服は色無地。

「絶対に色無地やな。色無地に家紋を5ついれる!」

例えばドレスコードが“正装”の場合の着物は、五つ紋で両袖が無地と決まっているのだそうだ。つまり、訪問着はダメ。小紋など論外なのである。だから留袖……じゃあ、未婚の若い女性はどうするの? と思ったら、色無地という手があったというわけ。

でもね、やっぱり留袖、憧れます。私だって、煩悩だらけの女ですから。

(2008.3.13)