コラム「指南」 - 山龍に学ぶ花咲ける着物道コラム

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着物マスター山龍の「目からウロコの和-ism指南」

  • TEXT/小野緑
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第14回 季節はずれの怪談

希望小売価格が無いという恐怖

その不思議な事実に気付いたのは、秋深い満月の晩だった。

普段は滅多に見ないのだが、まがりなりにも着物のコラムを書いている身。参考までにと、着物の雑誌をつらつらと眺めていたときだ。やれ正装だの、やれお呼ばれだのと、非日常的なシチュエーションと、今どきではないtoo muchな装飾だらけの装いにうんざりしながら、きっと恐ろしいお値段なのだろうなあと思ってキャプションを見ると……なんと、小売り価格が掲載されていないではないか! このページも、あら、あっちのページも! ほとんどのグラビアページ、タイアップ広告のページにすら、価格表示は無い。

ファッション誌に限らず、雑誌に価格表示がないなんて、今どきあり得ない話である。読者は雑誌を買い、好みの商品が目に留まったら、「あっ、これカワイイ! いくらするんだろう?」と小さな文字で書かれた横のキャプションを見て、お財布と相談する……というのは、世の常識。それが、着物の雑誌に限ってみごとに表記無しというのは、背筋も凍るミステリーではありませんか。

「それはな、着物の世界にメーカー希望小売価格いうのがないからなんよ。小売店によって、価格が違うの。メーカー出荷価格が10万円のものが、20万円になったり、50万円になったりしとるから」

つまり、雑誌に販売小売り価格表示をしてしまうと、その価格より高い値段で売っているところからクレームが来てしまうのだ。いかがわしいだけでなく、消費者にとっては空恐ろしい話。説明しながら、山龍の顔が曇るのも無理無い。いまだに雑誌に価格を明記するのは百貨店だけで、山龍がとある雑誌に価格を明記した広告を出したら、クレームの嵐の末、取引停止になったところもあったそうな。

ちなみに、取引の掛け率などが常に一律で明解なのは百貨店で、その次が地元で営んでいる呉服屋さん。それでも、展示会を毎月やるようなところは、その経費が販売価格に上乗せされて、高くなるという。ファッションビルなどに入っているチェーン店がいちばん暴利をむさぼっているのは言うまでもない。価格だけで考えたら、私たちは百貨店で買うのがいちばん安いわけだ。

それにしても、おかしな話である。こんなことがあっていいのか! だから着物が売れんのじゃあ! と、声を大にして言いたい。プライドを持って作った商品が、こんないかがわしい売り方されて、メーカーは怒らないのだろうか?

「それを言うと、ちょっとでも売れる可能性を逃すから、メーカーも何も言わん。希望小売価格の表示もしない。だから僕、こうなったのは、メーカーの責任や思う」

プライドを賭けて作ったものを、このぐらいの年齢をターゲットに、このぐらいの価格帯で販売したいという意志が、メーカーにはあって当たり前。それをどういう販売方法で、どういう見せ方をしたらいいか考えるのが小売店の役目で、その自分らの役目も果たさず、うやむやになっているこの業界に、果たして未来はあるのか!?

闘う山龍も、しばし腕組み……。

悪霊退散を祈る!

「価格だけやなしに、同じ着物が違うブランド名で販売されてることもあるんやで」

山龍の、「着物業界・本当にある怖い話」のぶっちゃけは、まだまだ続く。

着物や帯は、各地のメーカーから買い継ぎ問屋(産地問屋)に入り、そこから大手問屋(集積問屋)に入る。地方にある買い継ぎ問屋は西陣なら帯ばかり、十日町なら着物ばかり集め、大手問屋はそれらの問屋から帯や着物を調達して、セットアップする。それが歌舞伎役者の名前の付いた着物などの企画パッケージになる場合もあるという。最初に企画があってのブランディングではなく、適当にセットアップしたものが、ブランドになるという、これまた恐ろしい話も存在するのだ。

「10年前は、メーカーの数が問屋より圧倒的に多かったからよかったけど、今は問屋の数のほうがメーカーより多いねん。そやから、同じ組み合わせのものが、問屋によって違う企画で出回ってる場合もある」

高級品は別として、中間価格帯のブランド着物の一部がこの体たらくであるから、価格の低いモノの現状は推して測るべしだ。これもそれも、明治時代から今日まで、脈々と受け継がれて来た呉服業界の歴史の中に根強く巣くう“癌”なのだと山龍。

「自浄を待っても無理やな。一度壊して、一から建て直さんと」

そのへんの建て直しは、山龍に頑張ってもらうとして、この現状の中、私たちはどう対処していったらよいのだろう。例えば、Tシャツだったら、6,000 円〜8,000円出せばそこそこのものが買えるとか、スーツなら5万円からかな……などと、それぞれのアイテムにあった値頃感というのがあるけれど、着物はそれすらよくわからないのだ。そこへ来て、こんなミステリーな裏話を聞いてしまったら、手の着けようがない。

山龍コーディネイトの30万円也の組み合わせ。襦袢や足袋、草履や着付け小物、下着、仕立て代も全部合わせての価格です。

山龍コーディネイトの30万円也の組み合わせ。襦袢や足袋、草履や着付け小物、下着、仕立て代も全部合わせての価格です。

着物は唐織りの小紋「雪月花」。この連載コラムの第4回でも紹介した機械織りです。

着物は唐織りの小紋「雪月花」。この連載コラムの第4回でも紹介した機械織りです。

帯は『綛天鵞絨(かせびろーど)袋帯』。梅の花の部分がビロードタッチに見えるように、モール糸を織り込んである。

帯は『綛天鵞絨(かせびろーど)袋帯』。梅の花の部分がビロードタッチに見えるように、モール糸を織り込んである。

少しでも経験があるからと、母親やお婆ちゃんなんかと買いに行った日には、古い間違った価値観の洗礼を受けて、失敗するのは目に見えている。

そこで山龍からアドバイス。

「とにかく、自分のお気に入りの店と、話の合う販売員を見つけること。それに尽きるな。で、着物は無地っぽいものから入るのが無難やな。洋服のコーディネイトの感覚に近いし」

無地の着物を選ぶ場合の注意点は2つ。一つは先染めであるか、後染めであるかということ。先染めは糸の段階で色染めした、いわゆる織物である、後染めは、白生地と呼ばれる生地を染めた染め物。クオリティとしては、先染めのほうが高い。

もう一つの注意点は、手織りか機械織りかということ。当然ながら、手織りより機械織りのほうがはるかに安いが、だからと言って機械織りは質が悪いというわけではない。そのへんの判断は、工芸品的な価値感や風合いの好みであり、機械織りでも素敵だったらいいじゃん、と私は思う。(だいたい機械織りか手織りかなんて素人にはわかりません)

「あとは、全体面積の多い着物より、帯のほうが失敗が少ないから、帯はきちんと選ぶこと。着物は間に合わせでもええ。百貨店の呉服市で買った19,800円の着物でも、帯との組み合わせがかっこよければ、398,000円の着物に見えたりするからな」

入門価格は(あくまでも山龍のコーディネイトであるが)、下着から小物まで全部合わせて、総額30万円が理想だそうだ。

「どう考えても、30万以下やったら、コーディネイトが破綻してまうわ」

これを信じるか信じないかはそれぞれの自由。30万も出すんだったら、ちょっとプラスして、グッチのインディを買うわ! という方はそれもよし!

でも、着物をかっこよく着こなしたときの存在感と輝きはインディの比ではない、ということは断言できる。

怪しく恐ろしい裏話が、早く笑い話になることを祈って、さあ、着物姿で年末のパーティに繰り出し、悪霊払いと行きましょう!

(2007.11.13)