コラム「指南」 - 山龍に学ぶ花咲ける着物道コラム

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着物マスター山龍の「目からウロコの和-ism指南」

  • TEXT/小野緑
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第8回 帯締め侮るべからず!

無難と素敵の分かれ道

このコラムも早いもので、もう8回になる。タイトルに『目からウロコの和-ism指南』とあるように、毎回、確かな歴史背景や、着物作りのプロの美学に裏付けされた山龍のストレートな発言には、正に“目からウロコ”。最近すっかり流行遅れになった「へえ〜!」を、何回連発したことか!

しかし、今回の彼の言葉は、その中でもベスト3に入るウロコの落ち方である。その言葉とは、

「帯締めにはお金かけなアカンで。5,000円の着物は着てもエエけど、5,000円の帯締めはしたらアカン!」

山龍の店にある、見事な唐組の組紐と、丸組の組紐。中にはかなり凝った組み方の振り袖用のものもあります。

山龍の店にある、見事な唐組の組紐と、丸組の組紐。中にはかなり凝った組み方の振り袖用のものもあります。

エッ! 着物がメインじゃないわけ?

5,000円の着物じゃ会席料理を食べにはいけないけど、5,000円の帯締めは別にいいんじゃない?……とほとんどの人が思っている現実の価値観の中で、この発言は“目からウロコ”を通り過ぎて、“青天の霹靂”ではないだろうか。

山龍に言わせれば、帯締めは着物の装いの中で何よりも大事であり、「今日的なコーディネイトの最重要項目!」なのだそうだ。それをわかっていない人は、まず着物を選び、それに帯を合わせ、帯締めはと言えば、着物や帯の柄の中から1色取ったものを持ってくるから、コーディネイトが破綻するのだという。え? それのどこがいけないんですか? と言いたくなる教えである。

「もう、99.9%の人が着物か帯のどっかから拾った色の帯締めをしとる。間違いやないんやけど、それはリクルートスーツみたいなコーディネイトで、素敵からはほど遠いねん」

なるほど、せっかく着物を着るなら、無難な着こなしではなく、素敵な着こなしを身につけろ、という話なのだ。そして、帯締めはその着こなしに於いては、ただの帯が落ちないように締める紐、あるいは、帯のワンポイントなどではなく、コーディネイトを完成させるのになくてはならない、絶妙な香辛料だというのである。着ている本人と違って、はたからはまず帯締めが目に止まり、それから帯、着物という順番で見える。だから、ピラミッドのトップを飾る帯締めがピリッと利いた色やものでないと、全体がぼやけて、ただの四角に見えてしまう。それが、山龍としては、どうしても許せないのだと言う。

「だから、帯締めはエエもんを締める、何よりもお金をかける。色は、トロピカルフルーツ系の、ビビッドなオレンジやライムグリーン、レモンイエローなんかを揃えておくと、新鮮で今風の着こなしに見えるで。僕は黄緑が大好き!」

銀座を憂う

帯締めに使われる組紐には、平らに組まれた平組と、丸い丸組がある。バリエーションが多いのは、圧倒的に平組。

「平組のほうがいろいろな柄が構築しやすいし、耐久性がある。丸組は使っている内に伸びてくるんよ」

ちなみに、帯締めでもいいものになると40万円ぐらいするものもあるというから驚きだ。値段の高いものは、男物の帯などに使われる『唐組(からぐみ)』という、立体的で柄も組み方も惚れ惚れするようなシロモノである。私も、山龍の「帯締めには金をかけろ!」の言葉に従い、えいやっ! とばかり、気合いの入った唐組の帯締めを1本買ったが、確かにその締め心地の良さと存在感はさすがだった。派手な柄のない、シンプルな帯に締めたら、さぞかし威力を発揮することだろう。

「いい帯締めはしっかり組んであるから、三つ折りぐらいにして持ったとき、立つの」

私の帯締め。下の唐組の帯締めは宮中貴族に好まれた組み方を、唐組の伝統工芸師が復元した菱形模様。

私の帯締め。下の唐組の帯締めは宮中貴族に好まれた組み方を、唐組の伝統工芸師が復元した菱形模様。

もちろん、私の一張羅の組紐も、ピシッと立ちます。でも、これが何度も使っていくと、きっちりと組まれ、交差した紐が少しずれてきて、フニャッとしてくるのだそうだ。そういうときは、お鍋にお湯を沸かしてぐらぐらと沸騰させ、組紐全体に蒸気を当てた後、平らに延ばして、裏面をすりこぎや麺打ち棒のような丸い棒でゴリゴリとこすると、元に戻るとか。

「先についている房も爆発してくるさかいに、蒸気を当てた後、先だけ出るようにラップを巻いておけば、次に締めるときにはピチッと揃ってるで」

まるでお料理教室のような話。職人の魂のこもったいい物は、ちゃんとメンテナンスをして、大切に慈しんで使えば、何よりも長持ちすると言う。

ところで、この帯締めの房であるが、前からずっと気になっていることがあった。日ごろから山龍は、

「帯締めの両端は上から下に挟み込んで、房は下向き!」

と言うのだが、巷に売っている着付けの本や、インターネットの着付け教室のサイトにある「帯締めの結び方」を見ると、どれもみな「房は上向き」とハッキリ書いてあるのだ。中には、普段は片方が上向き、もう片方を下向きにし、お祝いの席では両方とも上向き、お悔やみの席では下向き……などと、祝儀と不祝儀の違いみたいなことをのたまっているものまである。これはいったいどういうこっちゃ!?

「そんなの、頭悪いねん! 房は下向きに付けるもんて、世界中決まってるんやから! そんな、上向いたり下向いたりいう講釈そのものが、着物をダメにしてるワ!」

これだけハッキリ言われるとホッとします。だって、上向きになった房がパッカン! と開いているのって、正しい正しくない以前に、かっこ悪いもの。それにしても、デタラメが決まり事のようにまかり通っている着物の世界には、ガッカリさせられる。

「友達同士が遊びで上向きに揃えたりするのはエエ思うよ。だけど、それを決まり事のように言わんで欲しい。カーテンのタッセルが上向くか? 劇場の緞帳の房が上向くか? 社寺仏閣の鈴の横の房はめでたいはずなのに、何で下向いとんのや!?……と」

そや! そや!

勢いがついたところで、いい帯締めはどこで買ったらよいか聞いてみた。基本は、着物や帯を買ったときに、一緒に合わせて買うことだそうだ。帯締めだけ単独で買うと、着物や帯のイメージを頭に描いて選ぶから、どうしてもそれらの色の中から1色選ぶという、無難でありつつもダサイ選び方になってしまうのだ。買う店は、10万円以上の帯締めを揃えている小物屋なら間違いないとか。

「ま、東京やったら銀座の店あたりやな」

さっそくゴールデンウイークの五月晴れの日、山龍と銀座の小物屋に、エエもん探しに行ってきた。そして、思わぬ銀座の和小物事情に、これまた“目からウロコ”……。

歩行者天国で賑わう表通りから一本入った筋にある呉服屋は、ほとんどシャッターが閉まっていた。かつては新橋の芸者衆が通った有名な草履屋は、まるでタイムスリップしたような古くささに満ちて、魅力的なものは何一つ見当たらない。表通りにあり、お客もそこそこ入っている名の知れた和小物屋に至っては、まるで地方の名所旧跡にある民芸みやげ物屋みたいな有り様だった。素敵な小物なんてどこにも見当たらない。

「なんか、がっかりですね」
「僕なんか、ガッカリ通り越して、悲しくなるワ!」

帰りに買ったちまきを、立て続けにやけ食いする山龍の背中が、ちょっと寂しそうだったのは、気のせいだろうか?

(2007.5.12)