山龍ブログ - 誰にも文句言わせへんで!コラム

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  • 今年のアベノミクス2018
    昨日に引き続きを書く前に、北朝鮮問題で報道される事柄が
    間違ったニュアンスで報道されていますから、言葉の意味を書いておきます

    日本政府、アメリカ政府が使う言葉を【A】
    韓国政府が使う言葉を【B】
    北朝鮮政府が使うであろうと思われる言葉を【C】
    報道機関が使っている言葉を【D】で表します

    『対話』と言う言葉
    【A】従来、安倍総理、トランプ大統領、官房長官、報道官が発言してきたことを
       直接、北朝鮮政府へ通告するという意味が「対話」という言葉です
    【B,C,D】話し合いによる解決へ向けた接触を言います

    『交渉』と言う言葉
    【A】核放棄、ミサイル開発放棄を前提に話し合いに入り、それを「交渉」と呼びます
    【B,C,D】緊張緩和の様々な条件を話し合う場を「交渉」と呼びます

    以上のように、日米両政府が使っている単語と、韓国、北朝鮮、マスコミの使う単語の
    意味が違うので、日本の国民は惑わされていますが、上記を踏まえて新聞を読めば
    何一つ状況は変わっていないことがわかります
       



    《昨日の続き》


    遠のく財政健全化(上)非常時対応の正常化 急げ
    将来世代への先送り限界 井堀利宏・政策研究大学院大学特別教授
    日本経済新聞 朝刊
     2019年10月に予定される消費税率10%への引き上げを本当に実施するのか、今秋にも安倍晋三首相が決断する見通しだ。昨年10月の衆院選で、与党は消費税率引き上げによる増収分の一部を幼児教育の充実など教育費に充てる公約を打ち出した。

     本来、増収分の8割は借金の返済に充てられるはずだった。しかしそれでは若い現役世代に受けないし、かといって社会保障費を削減して幼児教育費の財源を捻出すると高齢者から反対されるので、これもできない。結局18年度予算では借金を返済しないことで財源を確保したが、その分だけ赤字国債が増発されるので、投票権を持たない将来世代に財源負担が転嫁される。
     一方、野党は消費増税の凍結などを主張し、消費増税なしでも社会保障の充実と財政健全化が実現できるという与党以上に甘い公約を掲げた。
     衆議院が3年もたたずに解散され、3年ごとに参院選もある。国政選挙が実施されるたびに、有権者の歓心を引くべく、歳出がばらまかれ消費増税は先送りされて、財政健全化は進まない。国政選挙で自公の与党政権は圧勝しているが、政局が安定しても財政健全化への意欲はみえない。
     政府は相変わらず景気対策という名目で積極的な財政出動を模索している。社会保障費の中には不公平で政策効果の乏しいものもあるが、それらの削減は進んでいない。
     その結果、20年度に基礎的財政収支(プライマリーバランス)を均衡化させるという健全化目標は達成不可能となった。また次回の消費増税時には増収分の多くが歳出増に充てられる一方、軽減税率が導入される。軽減税率では課税ベースが小さくなるから税収が減る。その減収分をどう穴埋めするかも未確定だ。
     1月公表の内閣府の試算では、消費税率が19年10月に引き上げられても、成長実現ケースで20年度時点の基礎的収支の赤字は昨年7月に試算した8.2兆円から拡大し、10兆円を超える。全体の黒字化時期も2年後の27年度にずれ込む(図参照)。経済成長率が政府の想定通りに回復しないベースラインケースでは財政状況はさらに厳しくなる。
     20年代以降も成長実現ケースが想定する3%台の名目成長率が実現できるかは疑わしい。東京五輪という大きなイベントが終わると、熱気も冷めるからその反動も大きい。イノベーション(技術革新)を妨げる規制が多い日本で、少子高齢化と人口減少の影響が効いてくると、経済成長率は低迷せざるを得ない。
     若い有能な人材を外国から大胆に受け入れない限り、人的資本蓄積にも多くは期待できない。20年以降を展望すると実質成長率は0%近くまで下がる可能性が高いし、3%台の名目成長率を実現するのも厳しい。ベースラインケースでさえ実現は容易でない。
     アベノミクスでの財政健全化戦略は、景気回復に伴う自然増収に期待する立場だが、こうした悠長な対応では財政健全化が遠のくばかりだ。経済成長が鈍化する20年代半ばに団塊の世代が後期高齢者になり、医療を中心とした社会保障需要は大幅に増える。
     理論的には成長実現ケースという楽観的予想の下で歳出を削減できれば、消費税率10%の水準で財政健全化のシナリオを描けるだろう。ただし超高齢化社会で社会保障需要が増加傾向にある中で、歳出を削減するのは容易でない。18年度予算編成では診療報酬改定が論点になり、薬価は引き下げられたものの、診療報酬本体はプラス改定だった。
     財政健全化目標の見直しで有力視されるのは、基礎的収支の均衡化達成時期を20年度から27年度ごろに延期する案だ。だが7年も目標時期を先送りすると、内外の投資家は健全化への本気度を疑い、マーケットが混乱しかねない。
     内閣府試算では、基礎的収支が赤字のままでも公債残高の国内総生産(GDP)比率は当面低下していく。日銀が大胆な金融緩和で金利を成長率より低く抑制している結果だ。日銀が国債を買い続けるのは事実上、財政ファイナンス(財政赤字の穴埋め)であり、20年代まで非常時対応を続けるのは無理だろう。
     総じてアベノミクスは非常時の政策パッケージだ。経済が危機的状況なので、金融、財政どちらも禁じ手を実施する。景気の良しあしにかかわらず大型補正予算で公共事業を増やすなど歳出を増やし、積極的な財政運営を続けると放漫財政のぬるま湯から抜け出せない。積極的な財政運営は財政健全化と逆行する。
     第2次安倍政権の発足以来5年間アベノミクスを実施しているが、非常時の見極めは難しい。最近は政府の景気判断でも好況であり、ほぼ完全雇用の状況にある。そろそろ財政、金融政策ともに出口戦略を志向すべきだろう。
     財政健全化のメリットは、現在と将来のどちらが経済的に恵まれているかで判断すべきだ。増税はその時点では負担なので、負担を現在の国民に求めるのと将来の国民に求めるのとでは、どちらが望ましいかという論点になる。
     経済低迷期に増税を先送りすると、担税力に乏しい将来世代に負担が転嫁される。今後は人口が減少するし、社会保障は現役世代が負担する財源を高齢世代に移転する賦課方式だから、将来世代は社会保障の負担増と給付減に直面せざるを得ない。さらにマクロ経済成長も低迷する可能性が高い。将来世代の経済環境が厳しくなることは容易に想定できるから、高齢世代も含めた現在世代が増税の負担を甘受する方が望ましい。
     25年ごろに団塊の世代が後期高齢者になると、社会保障給付の既得権の削減は政治的に一層困難になる。そのころマクロ経済環境が厳しくなっていると、財政・社会保障制度が破綻しかねない。目先の選挙や景気動向にとらわれて懸案の処理を先送りし続けるのではなく、第2の矢である財政出動を方向転換して将来世代の利害を重視し、持続可能で世代間公平と両立するように、財政健全化と社会保障制度改革を進めるべきだ。
     医療保険で近い将来に巨額の財源が必要となるなら、今のうちにもっと財源を捻出して基金を積み上げ、今後予想される医療費需要の増加に備えたり、個人勘定の積立方式を採用したりすべきだろう。
     例えばシンガポールでは医療積立金制度を採用し、個人勘定への強制貯蓄による自助を基本としている。米国でも同様の医療積立口座が導入されている。公的年金でも個人勘定の積立年金を充実させることが重要だ。オーストラリアでは退職年金基金を整備し事業主に強制拠出させることで、多くの労働者が積立方式の年金制度に加入している。
     わが国の個人型確定拠出年金「iDeCo(イデコ)」も同様の制度だが、普及は遅れている。すべての労働者にデフォルト(初期設定)でこの口座を割り当て、老後資金を自助努力で充実させるようにすれば、賦課方式の公的年金をスリム化できる。
     農業や自営業の既得権に配慮して、全方位に目配りする安心、安全政策では経済の活性化は期待できない。医療、農業、流通などの分野で大胆な規制改革を進め、民間の創意工夫を刺激して潜在的な成長率を上げる戦略が重要だ。
     段階的に消費税を増税する一方で、社会保障などでの高齢者の既得権にも踏み込んで歳出の大胆な効率化を進め、財政規律を回復して、中長期的に財政を健全化すべきだ。


    | author : 山龍 | 12:00 AM |
  • 今年のアベノミクス2018
    二人目は、慶応大学准教授の小幡績氏です
    小幡氏は、東京大学経済学部主席卒業後、大蔵省に入省を経て現在ですから
    経歴は小幡氏の方が派手(笑)



    小幡 績転機の日本経済
    この株価暴落はブラックマンデー2.0だ
    <「米景気好調による長期金利の上昇が原因のいい下落」という先週末の解説は誤りだった。ダウは2万ドルの下値を目指す>
    ブラックマンデー2.0だ。
    世界中で株式が大暴落。米国は2月5日月曜日、ダウ平均が1175ドル下落し、史上最大の下落幅となった。日本では、月曜日(日本時間なので米国より先に)592円日経平均が下落していた。そして、米国ダウ1175ドル安を受けて、日本は6日火曜日13時50分、2万1千78円まで下がり1609円安を記録した。
    日経平均は、引け際に急速に戻し、15時00分に1071円安の21,610円で終わったが、先物はその後の10分でもう一度下がり21450円となり、結局15時15分、21510円で終わった。
    ただ、今週突然起きたわけではなく、先週から下落は始まっており、2月2日金曜日、米国ダウは666ドル安の大暴落だった。666ドルは不吉だとも言われたが、アナリストなどの市場関係者の多くは、これは米国の景気好調からの長期金利上昇によるものだから、仕方がない。むしろ健全な調整で、ここから再度上がっていく、という見方だった。さらに、円高が進まなかったのもリスクオフではない証拠、ということで、誰も下落は続かないと思っているようだった。私が土曜日の朝のテレビ出演で、これは転換点、米国株は暴落するとコメントしても誰も相手にしなかった。
    やはりメルトダウンはきた
    しかし、先週金曜日の下げは米国長期金利の上昇が理由だったが、月曜日の1175ドルの下げは、米国長期金利の急落を伴い、円は急騰し、完全なリスク回避の動きとなった。先週の解釈は間違っていたのである。
    つまり、先週金曜日の下落は何の理由もない下落なのである。景気は良い、企業業績はよい、地政学リスクは小さい、適温経済どころか、良すぎる経済なのである。だからこそ下落した、というよりは、何の理由もなく下落した、というのが正しい。そして、今週月曜日の下落も同様に、理由はない下落だ。
    これは、1987年のブラックマンデーと同じであり、ダウの昨日の暴落も月曜日だから、ブラックマンデー2.0と私は名づけた。
    ただし、厳密に言えば、暴落の明確な理由はある。それは、暴騰しすぎたからである。上がったから下がった。それだけなのである。
    実は、暴落が起こる半分のケースは上がったから下がる、というものである。1月以降急激に上昇スピードが高まり、「メルトアップ」という表現が流布するまでになった。これは、メルトダウンの逆で、上昇が加速している現象を差すものであり、その後にはメルトダウンが待っている、ということを示唆したものである。
    ところが、この言葉を作り出した、いわゆるマーケット関係者たちは、今回はメルトアップのあとも下落しないとのたまっていた。なぜなら、過去のメルトアップのあとのメルトダウンは、景気減速局面にあったからであり、景気が減速しない今なら下落することはないと。
    それは明らかな間違い、あるいは逃げ場を身内に与えるための確信犯的な誤りで、メルトアップのあとは、言葉の定義上、必ずメルトダウンするのだ。そして、それこそが、前述したように、相場の真理なのである。そして、その真理は、私が主張しても聞き入れられなかったが(ご関心のある方は私の個人ブログ参照)、現実がすぐに示してくれた。
    今回の下落は何か、という様々な解説がなされている。要は、雇用統計で賃金が上がりすぎていたからインフレ懸念、そして利上げ懸念、その結果長期利子率が上昇したこと、というのが一般的だ。これが間違っているのは、前述したとおりで、先週金曜日の米国市場はそうだったが、昨日月曜日は長期金利は急低下し、リスクオフとなった。また、先週金曜日は円高にならなかったから、リスクオフではない、という解説が多かったが、その解説が間違いですよと教えるかのように、昨日今日は円が急騰した。これもよくある話で、市場の動きが理屈に合わないときは、理屈が合っていて、現実があとから追いついてくる。
    つまり、市場関係者の解説は先週金曜日の時点のものはすべて間違いであることが、月曜、火曜で現実により示されたが、火曜日時点でなされている、もっともらしい下落の解説も間違いであることが、今後、現実によって示されていくであろう。
    すなわち、下落した理由はただ一つ。上がりすぎたから暴落した。それだけのことで、それ以外の理由は何もないのである。
    理由は何でもよかった
    上がりすぎたから、みんなもうそろそろ売りたい。しかし、欲張りだから、まだ上がるかもしれないと思っている。全員が売るタイミングを待ち構えている。そこへ、賃金上昇だろうが金利懸念だろうが、理由は何でも良く、大きく下落が始まった。すわ売り時、とみなが売りに殺到した。それだけのことである。
    日本株も今年になって上がりすぎていた。だから、一気に暴落したのである。
    ビットコインなどの仮想通貨も同じである。コインチェックの事件はきっかけに過ぎず、まだ上がるかな、でももう売りたいな、でももっと上がるかも、下がったらいやだな、と思っていたところに、一気に売りがきて、それが売りが売りを呼んで大暴落になっているのである。
    一つの大きな違いは、仮想通貨は、投機初心者が多いため、不安が渦巻く中での暴落であり、恐怖感があり、今後も一気に下落していくだろう。一方、株式市場は、余りに上がりすぎだ、というのは暴落前からの共通認識だったから(高すぎるとはいえない、と自己弁護し続けた市場関係者は確信犯で、上がりすぎだな、と思いつつ、上がりすぎだが、高すぎるとも言い切れない、というロジックを、上がりすぎだな、という前段には触れずに説明していたのである)、あまり恐怖感のない、静かな、というか、日常風景を眺めているような下落だ。
    だから、今後は、一気に恐怖が渦巻き、暴落スパイラル、というようには株式市場はならないだろう。一時的に何度か戻しては、また下がり、ということを繰り返すであろう。しかし、それでもまだまだ上がりすぎた分を帳消しにするほどは下がっていないので、中期のトレンドとしては、短期の乱高下を続けながら、まだまだ下がっていくと思われる。
    火曜日のダウは1100ドルを越える記録的な値幅で動き、最後は、大きく戻し567ドル高で終わった。日経平均先物の夜間取引でも、640円戻しているから、今日(水曜日)の日経平均も大きく戻すだろう。しかし、これで終わりではない。
    個人的には、下値目途は、日経平均で1万9千円、ダウで2万ドルである。それは理屈ではなく、感覚的なものだ。なぜなら、上がりすぎた反動で下がっているだけなので、その勢い、スピードには理屈はないので、何かの明確なきっかけがあるまで完全な上昇基調にはならないだろう。
    下落に理由は要らないが、下落から反転するには理由が必要なのである。

    小幡 績
    1967年千葉県生まれ。
    1992年東京大学経済学部首席卒業、大蔵省(現財務省)入省。1999大蔵省退職。2001年ハーバード大学で経済学博士(Ph.D.)を取得。帰国後、一橋経済研究所専任講師を経て、2003年より慶應大学大学院経営管理研究学科(慶應ビジネススクール)准教授。専門は行動ファイナンスとコーポレートガバナンス。著書に『成長戦略のまやかし』『円高・デフレが日本経済を救う』など。



    以上です

    小幡氏は『円高とデフレが日本経済を救う』とバカな主張をし、本まで出して
    一時はマスコミにちやほやされましたが、主張がバカバカしすぎて一時期干されましたが
    最近は懲りずに動かれているようです


    こうやって見れば、出身大学によってというより、その方個人が歩んだ道が
    後の経済視感を左右するようですから、肩書で騙されやすい方は要注意だということです
    では最後に、‟東京大学名誉教授の井堀利宏氏の最近のコラムをどうぞ(明日)
    こんなことを、もし、真剣に考えてるなら、東大の経済は末期的ですし
    財務省と日銀に媚び売って、日銀の審議委員でも狙っているなら犯罪者に近いですね
    いずれにしても、取材している日経も同罪です


    | author : 山龍 | 12:00 AM |
  • 今年のアベノミクス2018
    《昨日に引き続き》



    国民負担率をみると?

    このように、歳出が抑制基調で推移していけば、税収の伸長と相まって基礎的財政収支の赤字幅が縮小して黒字化が達成されるが、内閣府の試算では黒字化の達成時期は2027年度以降になるものと見込まれている。この間に予期し得ない大きなショックによって歳出の上振れや税収の下振れが生じると、財政運営の安定性に影響が生じる可能性があることを踏まえると、こうしたもとでも財政収支の悪化を防ぐことが可能なのかを点検しておくことが必要となる。このようなリスクシナリオにおいて財源を確保するための主たる手段のひとつは増税であるから、増税の余地が十分に残されているかを確認することがこの点検作業の基本となるが、日本の国民負担率は先進各国と比べると相対的に低い水準にとどまっていることから(図表5)、増税による財源確保の余地は残されているものと判断される。


    図表5 国民負担率の国際比較




    粗債務か純債務か?

    ここまではフロー(歳入・歳出とその差額である財政収支)の側面から財政状況の点検を行ってきたが、ストック(債務残高)の側面についても簡単にふれておくことにしよう。この点においてしばしば議論になるのは、財政状況を把握するうえで政府債務残高を粗債務と純債務のいずれでみることが適切かということだ(一般に資金調達主体は負債を負うだけでなく、資産として預貯金や債券などの金融資産を保有しているが、このような金融資産を負債から差し引いた後の債務の額が「純債務」、金融資産を差し引く前の債務の額が「粗債務」となる)。

    結論からいえば、純債務をもとにすることが適切ということになる。資金の運用と調達を行っている主体が金融資産と負債をどのような水準で持つかはALM(資産負債管理)にも依存して決まってくるわけであり、粗債務ベースで債務残高をとらえると、税収によって返済すべき債務の額が適切に把握できなくなってしまうためだ。

    また、対象とする政府債務の性質からも、粗債務ベースで財政状況を把握することが適切でない場合がある。たとえば、「国債及び借入金並びに政府保証債務現在高」(財務省)の計数をもとに「国の借金はすでに1000兆円を超えている」という報道がなされることがあるが、この「1000兆円」の中には政府が為替介入を行うための資金を調達するために発行した債券(政府短期証券)や、政府が独立行政法人などの公的機関に対する出資や融資(財政投融資)を行うための原資を確保するために発行した国債(財政投融資特別会計国債)も含まれている。

    これらの債券も「国の借金」であることに変わりはないが、為替介入の資金確保のために発行された政府短期証券には、為替介入によって得られた米国債など外貨建ての債券などが見合いの資産としてあり、財政投融資の原資を確保するために発行された国債には、公的機関に対する出資や融資というかたちで見合いの資産がある。したがって、これらの資産を考慮せずに「1000兆円」をことさら強調することは、財政状況の正確な把握という観点からみて適切とはいえないということになる。

    財政状況の国際比較では日本の政府債務残高がGDPの2.4倍に達しているという数字が利用され、このデータをもとに「日本の財政状況はギリシャよりも悪い」との報道がなされることもある。これはIMF(国際通貨基金)の”World Economic Outlook Database”にもとづく一般政府ベースの計数であるが、この数字も粗債務ベースの数字であることに留意が必要となる。各国の政府が金融資産と負債をどのようなかたちで持つかというスタンスに違いがある可能性を考慮すると、政府債務残高については金融資産を考慮した純債務ベースでみることが適切であり、この点を踏まえて純債務についてみると、日本の政府債務残高は粗債務の半分の1.2倍(対GDP比120%)ということになる。もちろん、純債務でみても債務の残高は高水準であり、歳出抑制などを通じて財政健全化の取り組みを進めていくことが必要であるという点は変わりない。

    ここまでみてきたように、歳出は抑制基調にあり、財政状況は改善の方向に向かっていることから、日本の財政は今後も安定的に推移していくものと見込まれる。デフレ脱却と財政健全化の兼ね合いに留意しつつ、引き続き誤りのない政策運営がなされていくことが望まれる。



    以上です。
    マクロ経済や財政学に詳しくない方でもわかりやすい半面
    オーソドックスな経済学思考で万人向けすぎるきらいもあります

    | author : 山龍 | 12:00 AM |
  • 今年のアベノミクス2018
    沢山の東大出身者をみてきて、東大も千差万別
    頭がよくって賢い人もいれば、頭はいいのにバカも沢山います

    ここで3人の東大経済学部出身者と東大経済学部名誉教授の日本の財政に関するレポートを比較してみましょう
    一人目は、上智大学准教授の中里透氏で、専門はマクロ経済学です


    日本の財政状況についてどのように考えるか?
    中里透 / マクロ経済学・財政運営

    日本の財政状況に関する見方については楽観論と悲観論が入り混じり、必ずしも十分なコンセンサスが得られているとはいえない状況にある。「消費増税を延期すると国債暴落」と「借金1000兆円に騙されるな」の間には、やはり大きな隔たりがあるということになるだろう。両者の距離を少しでも埋めるべく、本稿では現在の財政状況をめぐる議論について論点整理を試みることとしたい。

    本稿の主たるメッセージをあらかじめ要約すると、(1)これまでのところ歳出(財政支出)は抑制基調にあり、高齢化に伴う社会保障費の負担増を考慮したとしても財政状況に不連続な変化が生じることはなく、(2)こうしたもとで、予期しない歳出の増加などが生じた場合にも、国民負担率からみて最終的には増税の余地が残されていることを併せて考慮すると、日本の財政は破綻をきたす懸念なく安定的に推移していくと見込まれるというものだ。以下、この判断に至る道筋について順を追って説明していくこととしよう。


    国債の累増と低金利の並存

    1月22日に国会に提出された2018年度予算案では、一般会計歳出が97.7兆円となる一方、税収・税外収入は64.0兆円にとどまり、両者の差額(33.7兆円)は国債発行によって埋め合わされることとなっている。また、昨年末にとりまとめられた地方財政対策では、地方(都道府県・市町村の普通会計)の財源不足などをまかなうものとして18年度に9.2兆円の地方債発行が予定されている。

    このようなかたちで財源不足を国債と地方債の発行で補填するという措置が多年にわたって続けられてきた結果、この3月末には国と地方の長期債務残高が1031兆円(対名目GDP比187%)に達するものと見込まれている。このうち国の債務は837兆円であるが、これは単年度の税収・税外収入の10倍を大きく上回る水準となっている。年収600万円の人が8,000万円の借金を抱え、しかも毎年新たに300万円の借り入れを起こしている状況を想起すると、これは憂慮すべき事態ということになるだろう(もちろん、この家には預貯金があることも考慮する必要があるが、この点はしばらく措くことにしよう)。

    もっとも、こうしたなかにあっても長期金利(10年利付国債利回り)はほぼ0%で安定的に推移している。最近時点については、イールドカーブ・コントロールと呼ばれる日本銀行の金融調節の枠組みのもとで金利が人為的に押し下げられている可能性があるが、異次元緩和(量的・質的金融緩和)が実施される前の時点でも長期金利は0%台後半の水準で安定的に推移しており、「国債暴落」が生じる気配はみられなかった。金融市場でリスク回避の動きが強まると「比較的安全な通貨とされる円が買われ」という報道がなされるように、円という通貨の信認は十分に維持されており、こうしたもとで「安全資産」である日本国債が海外の投資家からも資金の一時的な逃避先として活用されている。

    このように、国債発行と国債市場をめぐる状況をちょっとながめてみただけでも、楽観論と悲観論が並存することの背景を容易にみてとることができる。


    国を家計に喩えると?

    財政赤字や政府債務の問題をめぐる議論では、国をひとつの家計に見立てる喩えがしばしば用いられる。「国債による資金調達は、夫が妻から借金をしているようなものだから問題ない」というのがその一例だ。たしかに日本国債の保有者のうち「海外」(非居住者)の保有分は6.1%に留まり(日本銀行「資金循環統計」による2017年9月末現在の計数(速報値))、国債のほとんどは「日本国民」(居住者)によって保有されている。

    すなわち、「日本国民」は国債というかたちで1人当たり750万円ほどの債務を抱えている一方、700万円ほどの金融資産を国債というかたちで保有していることになる。もちろん、日本国政府の債務を返済する納税者と、元本の償還や利子の支払いを受ける国債の保有者は一致しないから話はそう単純ではないが、国債による資金調達を「夫が妻から借金をしているようなもの」と喩えることには一定の合理性があるということになるだろう。

    もっとも、日本全体で考えると「妻」の債権と「夫」の債務がほとんど相殺できるから、という理由をもって借金を重ねることが「問題ない」といえるのかどうかは改めて慎重に考える必要がある。家庭内の貸し借りであることをよいことに夫が浪費を重ね、将来への備え(貯蓄)が過小になってしまっているとしたら、この家族全体にとって借金が「問題ない」とはいえないからだ。すなわち、借金の多寡というよりは、後先を考えない過剰な支出がなされてしまっているかどうかという点が、財政赤字や政府債務の問題を評価するうえでの重要な判断基準ということになる。


    安倍内閣は放漫財政?

    いま国会で審議されている2018年度予算案は過去最大の予算規模となっており、一般会計の予算額は6年連続で前年度を上回る状況が続いている。しかも、毎年恒例のように補正予算が編成され、予算の増額が繰り返されてきた。「安倍内閣は放漫財政」という評価は、予算をめぐるこのような状況と整合性のとれたものであるように見える。

    だが、財政には予算だけでなく決算というものもある。そこで、一般会計歳出の決算額をもとに政策経費(基礎的財政収支対象経費)の状況をみると(図表1)、13年度から16年度にかけて政策経費の総額は緩やかながらも毎年減少を続けてきた。さらに期間を延ばして10年度以降についてみても、東日本大震災への対応のために支出が増加した11年度を除くと政策経費の総額は70兆円台後半の水準で推移しており、支出の増加傾向はみられないことがわかる。


    図表1 政策経費(基礎的財政収支対象経費)の推移




    | author : 山龍 | 12:00 AM |
  • 時事
    国会が野党のクダラナイ質問で進まないのを見ていると、「あぁ、日本は平和だなぁ」と
    勘違いしますが、現実はそうではありません
    野党やマスコミ、市民団体と称する「自称リベラル」について考えてみましょう

    リベラルは以前は「左翼リベラル」と呼ばれていました
    マルクスが打ち立てた『革命思想』に基づいて、労働者階級の蜂起による共産主義革命を
    目指す政治運動と結びついていたからです
    ところが、マルクス・レーニン主義を掲げていたソ連が崩壊します
    「労働者階級の蜂起による共産主義革命国家は持続不可能である」ということが
    具体的に証明されてしまいました
    それによって、『左翼リベラル』の「左翼」の部分が根拠を失い、解体します
    現在においてもプロレタリアート革命を掲げる団体も存在しますが、当人たちも
    旧来の革命思想には自信を失っていますし、日本共産党ですら以前の共産党では
    ありません。以前の共産党は「暴力による革命」を第一義に据えた共産主義者達でしたが
    今の共産党は「ただのナンデモ反対党」で、彼らを含めた左派リベラルが左翼と呼ばれる
    のを嫌うのは、『歴史に否定された左翼の残党』だからです

    しかし、左翼と呼ばれるのを嫌い「リベラル」と自称するのは欺瞞です
    リベラルのグランド・セオリーは、今も昔も「マルクス主義思想」そのものです
    「資本主義が成熟すると必ず矛盾が生まれ、社会主義を経て共産主義の理想に至る」と
    いう考え方は変化なく、そこに至るための方法は「革命」なんです(笑)
    彼らの言う「革命」とは、「既存の体制や社会を崩壊する」ことを指します
    ですから「自称リベラル」にとっては、革命の中の「プロレタリア革命」という
    一つの方法が不可能になっただけと認識しているようです

    一方で、「自称リベラル」は「自分はマルクス主義ではない」と思っているので
    「左翼」と呼ばれることを嫌いますが、それは端的に言うと「勉強不足と知識の偏り
    による無知」でしかありません。これは「自称市民」も同じで、多くの場合は無知が
    災いして自覚がないだけのことです(笑)

    「左翼」という言葉を意識的に外したリベラルは、自らの思想から「マルクス主義」
    という言葉もひた隠しにします
    ソ連崩壊によってマルクス主義の不可能が証明されたので、理論に矛盾が生じるからです
    自覚のない無知な「自称リベラル」は、無知ゆえに「自分は中立である」と錯覚して
    「リベラル」という言葉で誤魔化していますが、リベラルはどの角度から見ても
    『隠れマルクス主義者』であり、『偽装左翼』でしかないのです

    リベラルは、マルクスの言った「資本主義に生じる矛盾」の結果を、すでに歴史で
    否定された「絶対的貧困」ではなく、「人間疎外」に置き換えました
    この「疎外」もまた、マルクスが唱えた哲学用語で、団塊の世代であればよく耳に
    したはずです。「出世が出来ない」、「不当労働させられている」、「福祉が十分でない」
    など、個人的不満から国家に対する不満まで、普通に生きてる国民すべてが感じることを
    リベラルは都合よく利用します
    「今は疎外されてるけれど未来は良くなる」とか、「いずれ人は理解し合い完全に
    満たされる社会が来る」と言うウソで人々に幻想を与え、現在の社会や国家を批判し
    尽く否定します
    この「批判」という言語すら、一般の国民とリベラルでは意味が違い、一般は
    「批判されるのは、批判される側にも問題がある」という意味を含んでいますが
    リベラルの「批判」というのは、「批判するという行為そのものに意味や意義があり
    理論実証されている」と考えていることで、ほとんど理解不可能な考え方ですが
    「批判ばかりで対案が無い」とか、「批判のための批判」と言ったところで
    その声がリベラルに響かない理由はそこにあります

    ソ連が崩壊したのは経済が崩壊したからですから、リベラルは「経済」以外のものを
    ターゲットに据えます。それが「文化」でした
    フェミニズム、ジェンダーフリー、カルチュラル・スタディーズなど多文化主義と称して
    伝統的な「文化」を否定し、『伝統の崩壊』に走る理由がそれです
    辻元議員が言った『天皇陛下と同じ空気を吸っていると思っただけで気色悪い』という
    発言の根拠がここにあります
    こういった左巻きが、いかに日本人を害しているのかは次の機会に書こうとおもいます
    ボクの周りにも沢山いた、意味も分からず「リベラル思考」と言っていた人たち
    アーティストや作家などは、リベラルではなく「なんちゃってリベラル」であり
    その意味も害も理解していませんでした
    右派は、それはそれで問題だらけですがリベラルほど問題はありません
    何と言っても100対1どころか1000対1くらいの少数派で
    これ以上減れば、存在そのものを失いますから(笑)

    国会の喧騒を見ると、保守である自民党も「保守」たる自覚も文化的素養もなく
    「自称リベラル」の野党は、国民の未来を犠牲にして「改革」と綺麗事を言っているだけ
    もっと子供の頃から教育で、国家の仕組み、役所の仕組みなどを教え、無駄飯食ってる
    議員や役人を減らさなければ、結果として国民が不幸になります


    | author : 山龍 | 12:00 AM |
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