山龍ブログ - 誰にも文句言わせへんで!コラム

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  • 時事
    前出の「1937年大不況」についての資料を見てみます
    図は、1933年―1938年の米国のマネタリーベースと株価の推移です




    マネタリーベースの推移をみると、1935年の終盤あたりから拡大が終わり、1936年まで
    ほぼ一定の残高で安定化する、「テーパリング」が続きました
    そして、1937年からFRBはマネタリーベースの削減(資産圧縮)に移行しています
    削減当初は株価の反応は大きくなく、削減の幅が10%を超えたあたりから株価は
    下落過程に入り、やがて暴落しました
    今回は、マネタリーベースがピーク比で5%減を超えた2月に株価は調整局面を迎え
    その後は反発しました
    しかし、ピーク比で10%減を超えた10月頃から株価の下落幅が大きくなり、現在に至って
    います




    一方、実体経済の悪化は株価の下落に3ヵ月から半年程度遅れました





    当時のFRBの会合の議事録は日銀官僚も読んでいるはずです
    株価の下落については、ある程度想定済みで、バブル回避のため好ましいという見方も
    ありましたが、その後、実体経済に波及するとは誰も考えてませんでした
    今回、もし1937年のパターンを踏襲するとすれば、1-3月期以降、実体経済が軒並み
    悪化するリスクがあります
    ここまで株価暴落局面での政策金利の動きについて全く言及してこなかったが、それには
    理由があり、政策金利は1937年8,9月に2ヵ月連続で引き下げられ、1.5%から1.0%に
    低下しています(現在で言えば2ヵ月連続で2回利下げが実施されたのと同じ)
    しかし、株価の下落は収まらず、1938年4月まで続きました





    一番上の図からも明らかなように、株価反発のきっかけはマネタリーベースの再拡大
    (QE再開)でしたが、その後の株価の戻りは鈍く、それゆえ、量的緩和は、それ以前の
    デフレ期を上回る規模になりました
    以上より、トランプ政権が現在の窮地を脱するためには、なんとかしてFRBの資金供給量
    拡大を実現するしかないということに歴史は物語っています






    | author : 山龍 | 12:06 AM |