山龍ブログ - 誰にも文句言わせへんで!コラム

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  • 時事
    シリアから帰国したフリージャーナリストの件について
    国内では右寄りと左巻きが言い争っているようですが
    下記の記事が一番的を得て説得力があるので張り付けておきます

    政府から見ると、この記事に書かれている通りではないですが
    それは各々の立場があることですから、この問題が海外で
    どのように報道されているのかも考えてほしいものです
    (正直、こいつはバカなのかと言う報道しかありませんが(笑))



    シリアから解放の安田氏に問われる、ジャーナリストとしての“2つの姿勢”
    2018/11/01
     10月23日、シリアで武装組織に拘束されていたジャーナリストの安田純平氏が3年ぶりに解放された。日本ではすぐに菅義偉官房長官が記者会見を開き、安田氏の解放についての情報がカタール政府からもたらされたと発表した。
     安田氏はトルコのイスタンブールから日本へ帰国、成田空港で妻や両親と再会し、記者会見を開くことなく空港を去った。
     いまさら言うまでもないが、解放の一報から、日本ではテレビやインターネットなどを中心に、安田氏について「自己責任論」をはじめとするさまざまな意見が飛び交った。
     筆者はこの「解放騒動」を取材で訪れていた台湾で知った。台湾でもテレビでこのニュースを流していた。帰国後、この騒動についていろいろな意見を見聞きしたが、もはや賛否ともにほとんどの見解は出尽くした感がある。
     そんな中、筆者は先日、あるベテラン米国人ジャーナリストとこの件について話をする機会があった。このジャーナリストは1994年にジャーナリズム界の最高賞である「ピュリツァー賞」を受賞した元新聞記者で、その後は米ニューズウィーク誌の記者として活躍、戦中のイラクやソマリアに駐在していた戦場ジャーナリストでもある。筆者も、ニューズウィークで同僚として一緒に取材・執筆したことが何度かあり、今もよく連絡を取り合う親しい友人でもある。
     このジャーナリスト、レノックス・サミュエルズ氏から見れば、今回の一連の騒動はどう見えるのか。もちろんこのジャーナリストの言っていることが全て正しいというわけではない。だが、ピュリツァー賞も得たベテランジャーナリストのサミュエルズ氏がどんな見解を持ったのか。彼の言葉に耳を傾けてみたい。
    ●ベテランジャーナリストが覚えた「違和感」
     まずサミュエルズ氏は、いくつかの記事を読んだ後で、ある「違和感」を覚えたと言った。特に、ロイター通信の記事に掲載された安田氏のコメントだ。記事によれば、安田氏は「帰国できるのはうれしい。同時に、ここから何が起きるのかは分からないし、何をしたらいいのかも分からない」と、帰国する飛行機の中で話したという。
     サミュエルズ氏は、「彼は日本語を忘れてしまったのではないか」と、冗談っぽく言った。つまり、彼は取材に行ったのだから、次にやることはシリアでの経験を記事や本などで伝えることであるというのだ。これについては私も同じように感じていた。というのも、人質になり助けられ、少なからず日本政府の世話になったのであれば、そういう形で日本に「恩返し」してもいいはずだからだ。
     そもそも、戦場で3回も人質になったジャーナリストは世界を見渡しても聞いたことがない。私の知る限り、そんな前例はない。とすれば、その顛末(てんまつ)を伝えること自体が、貴重な「ジャーナリズム」だと言えるのではないか。
     さらに言えば、現在ネット上などで、安田氏を「自称ジャーナリスト」などと批判している人たちもいる。きちんとした形で本分を果たせば、そうした人たちを黙らせることもできるかもしれない。
     またサミュエルズ氏は、拘束された安田氏はジャーナリストとして「無謀」だったのではないかと指摘した。
     「まず、フリーのジャーナリストが戦地に取材に行くのは、とにかくリスクが高すぎる」と彼は話す。そして過去に何度か拘束された経験がある安田氏もそれを重々分かっているはずで、それにもかかわらず再び戦地に飛び込むのは「軽率である」という。
    ●「無謀」「軽率」だった安田氏
     サミュエルズ氏は「少なくとも戦地に入るなら、米ニューヨーク・タイムズ紙や米CNNテレビ、英BBCテレビなどのように、十分な取材のためのリソース(取材費や人材、機材など)を与えてくれる組織の傘の下で行くのが賢明であるが、それですら殺されたり誘拐されたりするリスクがある」と話す。
     さらに、「フリーランスのジャーナリストならそのリスクは数段高くなる。常にコンタクトできる人や助けを求められる人、当局などに連絡ができる人などは多くないだろうし、担当編集者やテレビ関係者などが常に状況を把握していることは少ない。例えば負傷したり、行方不明になったりしたら、誰が助けてくれるのか。そういう十分に起こり得るケースに備えてバックアップのプランを組んでおかないのは軽率だと言うしかない」と語っている。
     とはいえ、フリーランスは戦場に行くべきではないと言っているのではない。取材に行くなら、最低限、徹底した準備が必要だということだ。
     安田氏は帰国便の中で受けた朝日新聞の取材で「拘束された経緯について教えてください」と聞かれてこう答えている。「案内人がいたが、はぐれてしまった」
     つまり2人だけで動いていた可能性がある。サミュエルズ氏は、「案内人に権威もコネも状況変化を見通す能力もなかったのかもしれない。そういう案内人なら、状況が悪化すれば、裏切って見捨てて逃げてしまうことも考えられる」という。そうならないために、繰り返しになるが、バックアップ体制は用意しておく必要があった、と。この意見にも、筆者は同意する。
    ●「正しい選択」をするための準備を
     筆者も、雑誌記事の取材のためにイスラム原理主義勢力タリバンが外国人を頻繁に誘拐・殺害していたアフガニスタンとパキスタンの国境周辺地域に潜入したことがある。また別の紛争地域では、取材先でテロ組織ともつながっている政府のスパイ工作員に一時拘束されたこともある。イスラム系テロ組織を追った拙著『モンスター』の取材では、領有権問題で今も軍とテロ組織が衝突するインド・カシミール地方にも何度か取材に入って長期滞在したこともある。
     実は筆者も潤沢に取材費を得ていたわけではない。ただ最大限のバックアップ体制は考えていた。
     常に現地人の同僚記者(ロイターなど)と行動を共にし、その仲間をドライバーや通訳に連れ、同国内で他の地域にいる現地人の先輩ベテラン記者にも頻繁に連絡してアドバイスを受けるようにしていた。例えば、パキスタン国境地域でタリバンが支配する地域の近くに取材で入った際には、先輩記者に直前に連絡し、「その周辺では2時間以上は同じ場所にとどまらないこと」とアドバイスを受けて、それに従って動いたことをよく覚えている。
     そんな経験から、筆者は今回の件についてはこう考えている。ジャーナリストとして、戦地であっても現地に入ろうとする心情は理解できる。人が行かない(行けない)ところに潜入して、人が知り得ない現実を伝えたいという動機も分かる。
     ただそれは、考えられる限りの安全を確保した上で初めて実行に移すべきであるということだ。特にメディアなどを狙った誘拐事件が頻発し、状況が不安定ですぐに爆撃やドンパチが発生するような戦地では、サミュエルズ氏が言うようにかなりの安全対策をしておく必要がある。少なくとも、正しい選択をする助けをしてくれる人(たち)が必要になる。
     フリーのジャーナリストたちからは「そんなことは重々承知だが、大手メディアは取材に金を出してくれない」という反論があるかもしれない。ただ、だからと言って、安上がりに戦場に行こうとするのは向こう見ずである。
     もし見切り発車で危険地域に入り、なんとか無事に帰ってきたとしても、今、日本のメディアがシリア内戦の情報に多くの原稿料を払って掲載してくれる保証はない(3年前でも大差はない)。取材費用をカバーできるとも考えにくい。戦場取材は多くの場合、カネにはならない。
    ●なぜフリージャーナリストは戦場に行くのか
     では、「そもそも論」になるが、なぜフリーの戦場ジャーナリストたちは、金にもならない上に、命に関わるリスクを負ってまで、戦場に赴くのだろうか。「民主主義を守るため」「国民の知る権利のため」といった美辞麗句が出てくるかもしれない。もちろん、それは理想であるし、そうあるべきである。その信念で動いている人もいるだろう。だが、ほとんどタダ働き同然で、その理想のために命を懸けるのは、何か違う気がしてならない。それはもはや、ジャーナリズムではなく、命を懸けたボランティアまたは人権活動である。ジャーナリズムは活動ではなく、職業である。
     結局、このご時世になぜフリージャーナリストが戦場に行くのかといえば、一つにはジャーナリズムが人権活動になってしまっているケースが考えられる。ジャーナリストの仕事を逸脱し、主義主張を押し付ける活動になってしまっている場合だ。
     また、少しうがった見方もできる。「戦場ジャーナリスト」という肩書を維持するために戦場に行っているのではないか、という見解だ。サミュエルズ氏も「今回解放された安田氏がどうかは知らないが、戦場に行ったということで名前を売っている人たちもいるのは事実だ」とも指摘していた。
     そして、この両方とも、という場合も考えられる。
     とにかく、今回の件がジャーナリストという職業についてあらためて考える機会になったとすれば、それはそれでいいことだろう。安田氏には、解放されたばかりで平常心に戻るのに時間がかかるかもしれないが、「何をしたらいいのかも分からない」ではなく、せめてジャーナリストの仕事をおとしめないためにも、全ての顛末をきちんとした形で伝えてもらいたいと願う。
    (山田敏弘)


    | author : 山龍 | 12:00 AM |